はじまってゆく その夢に

すこしずつ チカヅキタイ

むろりゅうた28さい。





龍太はもう、
 “揺るぎない未来へ、走り出し”ていますか? 


わたしはもう、 走り出してるつもりです。
勝手に、一緒に。 








室龍太さん 
28歳のお誕生日おめでとうございます。





あえて言います。



がんばってください。
がんばる龍太をみたいです。



結果を残してください。
それができるひとだと思っています。



元気でいてください。
ほんとのところはそれだけです。



いろんなところへ行ってください。
いろんなところに立つ龍太を、できる限りみたいです。





龍太のいく未来は、勝手ながらわたしもみる予定でいます。







わたしはあまのじゃくなので、 

“龍太くんこんなところまで連れてきてくれてありがとう♡”

なんてかわいいことは言えません。



わたしは貴重なお金と時間と体力と休日を使ってあなたをみに行く。
いろんなものを犠牲にしてみに行く。

わたしにとって今の龍太には、その価値が十分にあるから。



いつもわたしの人生に少しだけ彩りを添えてくれてありがとうございます!


龍太の28歳が、
きらきら輝く幸せなものでありますよう。





室龍太にはなぜ、冬の曲が似合うのか。






室龍太には冬の曲が似合う。




“龍太って冬の曲似合うよねぇ”は、

多分わたしだけではなく、少なからず彼を知っている人の多くが思っていることだと思う。

もちろんそれぞれ好みはあるだろうけれど。




そう、龍太は冬の曲が似合う。


今冬の松竹座公演では、

SNOW DOMEの約束を聴かせてくれた。


とても無礼な話だが、ジャニーズWESTクリスマスドームコンサートでこの曲が歌われたときも、思わず、早くも、龍太のスノドを懐かしんでしまったわたしがいた。





この1ヶ月、龍太にはなぜ冬の曲が似合うのかについて考察し、友人とも夜な夜な話をしたりして、わたしなりの答えにたどり着いたというか、勝手な結論が出たのでここに記しておこうと思う。








一言で言うと。





《冬の曲を歌うときの切ない表情がとても曲とマッチしていて、それでいてかっこいい》





これだと思う。






冬の曲、って、“寒い”“苦しい”“悲しい”“寂しい”といったマイナスワードがどうしても歌詞に多くなるイメージがあるから、どんなアーティストも、どちらかといえば切なげな、どこか悲しげな表情を浮かべて歌っているのではないだろうか。








そもそもの話。


龍太は歌うとき、とても切なげな、儚げな表情をする。

しかもこれがべらぼーにかっこいい。


数ある彼の表情の中でも、多くの人が“かっこいい”と感じる表情なのではないかと思っている。






しかし、あくまで憶測だけれど、

あの切ない表情は、多分意識的に作ってキメた表情ではなく、

“無表情で、一生懸命無心で歌った結果そうなった”

顔なのではないだろうかとわたし推測している。





多分龍太は、

無心で一生懸命歌った結果、偶然めちゃくちゃかっこいい切ない表情になっており、無表情がプラスに働くという珍しいタイプである、ということ。


これがわたしなりの結論だ。






だらだらと書いてしまったけど、

もしも願いが叶うなら。


龍太のスノドをフルで聴きたい!!!


そんなことを考える年の瀬です。







良いところはどんどん延ばしてほしいと思うタイプなので、龍太におかれましては春だろうが夏だろうが、どんどん冬の曲歌ってください。


お待ちしております。











ミュージカルが苦手です、を卒業する。

 



昔からミュージカルが苦手だった。



関西Jr.の映画、目指せ!ドリームステージの中で、西畑大吾くん演じる水上風太も言っていた。

タモリさんも言っていた。

あとわたしの母親も。


“人間が普通に生活してて、歌いだすことなんてあるか?”と。






わたしもその意見を持っていたのだった。


馬鹿にするつもりは微塵もなかった。


ただ、ストレートプレイの舞台に馴染みが強く、この手のお芝居を愛しすぎているが故に、わたしにとってミュージカルは、

“いまいち入り込めない舞台”

だった。





舞台観劇が趣味だ、と言うと、

大抵返ってくるのが、

“へー!劇団四季とか行くの?”

というものである。


残念。すまん。行ったことないんです。


“ミュージカルは苦手だから四季は行ったことなくて〜”


は、人生でもかなり使ったセリフのうちの一つだったりする。






そんなわたしがここ2年、今まででは考えられないほどのミュージカルを観に行った。


DOG FIGHT

THE CIRCUS!、

他にも2.3本。



(少年たちやジャニーズワールドをカウントするとややこしいことになるので今は置いておいて。あくまでもあれはショーということで…)  




特に今年の春に観たTHE CIRCUS!は、爽快痛快でかっこいい、この上なくおもしろいミュージカルだった。


入り込めないと思っていたミュージカルの世界にものすごい力で引っ張り込んでくれたのは、作品からもわかるように紛れもなく屋良朝幸さんなんだけど、

自分の中でミュージカルへのハードルを下げてみたもうひとつの理由がある。





WaTのおふたりの影響だ。




普段ジャニーズとその周辺の話ばかりしているくせになぜいきなりWaTの話?となるかもしれないけど、実は母が強火WaTファン。

かなりのウエンツ瑛士さんファンなのである。


母娘で一緒にファンクラブイベントやコンサートに行ったり、曲は一通りチェックしている。



天テレから観ているウエンツ瑛士さん。


ここで話すとキリがないので割愛するが、わたしは彼を、人としてものすごく尊敬している。

あと、日頃母を癒してくれている感謝の気持ちも一緒に込めて、なぜか先生づけで呼んでいたりする。


もちろん小池の撤平さんもだいすき。





WaTは解散した。


詳しい理由はわからないけど、きっとあの2人が考えて考えて、悩んで考えて、考えまくって出した結論だと思うからわたしは何も言わないし言えない。







世間的な認知度は低いかもしれないが、あの2人がWaTというカタチを捨てたあと、今まで以上に重きを置いたのが、実はミュージカルの世界だ。




小池徹平最近見なくない?

なんて言うやつはいっぺんわたしのとこ来て正座しなさい。



わたしが知る限り彼は今後、ミュージカルの大作への出演が2つ決まっている。(今詳しく情報追ったりしてないのでもっと決まってるかも)



ウエンツってもうバラエティしかできないの?

なんて言うやつはいっぺんわたしのとこ来て正座しなさい。



あの多才な彼が、実は今年の初め、

“これからはミュージカルに主軸を置きたい”

と言っている。


近年、素晴らしい作品にも何作も出演している。


各分野から引っ張りだこの彼が。

器用貧乏という言葉がとても似合う彼が。

ミュージカルという道を選ぶらしい。



しかも理由が、

“注目されないフィールドだから、あえてチャレンジしたい。盛り上げていきたい”

というニュアンスのもの。



なんてウエンツ先生らしい天邪鬼な考え。

脱帽である。








ミュージカルという世界は確かに、今一番盛り上がっていないエンターテイメントの一つだと思う。


そもそも舞台演劇というもの自体、

どんどん盛り下がっている昨今。

わたしの周りでも、ミュージカルを観に行く、なんて友達、そんなにいないように思う。






よく考えたら、わたしは最強に天邪鬼でひねくれ者だ。

天邪鬼なウエンツ先生が盛り上げたいと言ったミュージカルの世界、食わず嫌いしている場合じゃなかった。






WaTのおふたりや屋良くんが教えくれたミュージカルの世界のはじっこ。

去年から今年にかけて知ったこの魅力。


来年からもどんどん観に行けたらなと思った。






わたしが、ミュージカルは苦手なんです、を卒業しようと思った、とりとめもない話。






縁〜むかしなじみ〜を観て感じたわたしなりのふぉ〜ゆ〜。



サンケイホールブリーゼにて、ふぉ〜ゆ〜主演舞台、
縁〜むかしなじみ〜
を観劇した。


壊れた恋の羅針盤はさすがに遠征できず断念。
リペアはどうしても仕事の折り合いがつかず断念。

ということで、今回がわたしにとって初めてのふぉ〜ゆ〜主演舞台の観劇となった。



どうしても140字に収まらない感想を残しておきたくなったのでここに。





とても。とても良い舞台だった。
予定がつくならもう一度観たい。


ミュージカルよりもストレートプレイが好みなのでそれも良かった。

4人が実年齢である29歳、仕事や結婚、生き方に迷い葛藤する年齢の男性を演じているのもなんというか物語性が強く、リアルも感じられて良かった。




ただなによりも感じたこと。




彼らは、
自分たちが育った町、
自分たちを育ててくれた町、
ふとしたことから廃れていった町、
そんな町を守ろう、立て直そう、再び元気にしようともがき悩んでいて、でもその方法が見つからずにもやもやと生きていた。


その光景にわたしは、
ジャニーズという世界でジャニーズJr.として生きる彼らを重ねてしまった。





ふぉ〜ゆ〜はあくまでも、
“最年長ジャニーズJr.”ユニットだ。

俳優として、Jr.を逸脱した活動をしているわけではない。

ジャニーズの代名詞とも言える有名なステージで、主演の周りを常に温め、歌い踊り、優秀なバックダンサーも務める。
第一線で活躍する、立派な
“ジャニーズJr.”だ。




ふぉ〜ゆ〜をずっと近くで見てきたわけではないので、あくまで外野のわたしなんぞの想いだけれど、今のふぉゆは、
“ジャニーズJr.がジャニーズJr.として輝く道”
の王道を作ってくれているというか、
“ジャニーズらしいってなんぞや”
みたいなことを具現化していってくれているような気がする。



大樹と和也と良毅と健太が海見町を愛し、守りたいと思ったように。

他のフィールドで活躍したり、都会に出て輝く仲間を見送りながら。
悔しい想いや、甘えと言われる辛さを感じながらも、町を守りたいと言ったように。



ふぉ〜ゆ〜の4人もまた。
ジャニーズJr.として。
ジャニーズという町を守りたいと言ってくれているような。
そんな気がした。






ふぉ〜ゆ〜の活躍はめざましく。
まさしく快進撃が続いている状態だと思う。


これからふぉ〜ゆ〜がどんな風に
ふぉ〜ゆ〜として生きていってくれるのか。
ジャニーズJr.最年長ユニットとして活動してくれるのか。
楽しみで仕方ないなと思った。



これからもひっそりと。こっそりと。
応援させてもらえたらありがたいなと思うのでした。


あくまでも自分用備忘録までに。
乱文なので、またちょくちょく手直ししていこう。


アイドルという存在の使用方法。

 



自分で言うのもおかしな話かもしれないが、わたしは変わったタイプのおたくだと思う。


もちろんおたく、特にじゃにおたというものは十人十色、すきな理由も応援スタンスも、様々な形があって当然だとは思うけど。



風間さんが自らを、

“ジャニーズの中でも亜種な存在”

と表現するように、そんな風間さんを頂点に据えるわたしもまた、それなりに亜種なおたくなのでは、と。そう思っている。







その理由のひとつが、

わたしは、落ち込んだときに風間さんを直視できない

という点だ。





わたしは基本的に、風間さんに対してリア恋枠を求めているわけでも、母性をくすぐられているわけでもない。

人として、人間として尊敬している、というのが一番わかりやすい説明になるような感情を抱いている。



もちろん、

かっこいい!かわいい!

となることもたくさんある。

だけど何より抱くのは、






すごい…






なのである。





風間さんにはいつだって負けてる。

どんなにがんばったって勝てない。

何kmも先を走っていて、見えるか見えないか。そんな感じだ。






風間さんは働いている。

きちんと社会人としてあの事務所に属し、貢献している。


“演じる”ことをちゃんと仕事にして、たくさんの人にたくさんの影響を与えている。




さらには人の心を動かすことさえやってのけてしまっている。




わたしも金八先生で風間さんに出会った瞬間から、かれこれ17年、心を動かされ続けている人間のひとりだし、近年はいろんなところで、彼を評価する声、彼の演技や存在に影響を受けたという声を多く聞く。





少し前に、ジャニウェブでの連載にて浜中文一くんが、


皆さんと自分の心を動かしたい

見た人を感動させられる役者になりたい


といったニュアンスのことを言っていてとても感動したのだけど、

よく考えたらわたしはすでに17年前、若干16歳の風間俊介に心動かされ、奪われ続けていたのだ。





少し話は逸れてしまったけれど、



落ち込んだとき、中でも特に仕事面で落ち込んだときには、わたしは風間さんを直視することができない。





眩しすぎるのだ。



自分が、あまりにも小さく情けなく、

見えてしまうのだ。






こういうタイプのおたくって多いのだろうか。


人のスタンスを聞いたり踏み込んだりするのは苦手なので、きっとこの疑問は解決されることのないままだろうと思う。





とはいえ、

落ち込んだときに直視できないくせにずっとすきでいられるのが何よりすごいことだと思うから、やはり風間俊介は尊い。




そして更に、仕事で落ち込んだときに観て癒される、元気をもらえるジャニーズアイドルもしっかり知ってるわかってる自分は、改めて、

ただのじゃにおただな

と思うのである。



亜種でもなんでもない、

ただの

いわゆる

おたくなのだ。きっと。











かざましゅんすけ33さい。



風間俊介さんが33歳になるらしい。






わたしが初めて風間さんを認識したのは、金八先生第5シリーズに兼末健次郎役で出演していたあの頃。

1999年のことである。





…17年も経ってしまった。



16歳だった風間さんは33歳に、

10歳だったわたしも、今年27歳になる。


いつのまにか、風間さんを知らずに生きてきた時間よりも、風間さんを知って生きた時間の方がよっぽど多くなってしまっているのだから、これはなかなかすごいことだと思う。






わたしが風間さんのファンをやっている中でも、風間さん32歳のこの一年の間には、大きな2つのターニングポイントがあった。





まずひとつめ。

素晴らしい映画への出演。



32歳の風間さんも、舞台に映画にドラマにバラエティ。

華々しい他のジャニーズタレントに負けず劣らずのたくさんの仕事をこなした。


中でも、

“猫なんか よんでもこない。”。



彼主演のこの映画は、わたしの中で、金八先生アキハバラ@DEEPに並んで風間俊介三部作と呼べるほど素晴らしいものだった。



猫よん。の良さを語ったらキリがないので、それはまたいつか別の機会に。



ひとつだけ言いたいのは、監督さん、スタッフさん、出演者の皆さんはもちろんのこと、何よりも最高の共演猫、チンとクロを演じてくれた、のりことりんごに最大級の拍手とありがとうを。

2匹と風間。最高のトリオでした。






ふたつめ。


これは忘れてはならないこと。



2015年10月。








彼は事実上、

“ジャニーズJr.” を “卒業” した。


ジャニーズWebでの単独コーナー設立に伴うものだ。








これに対しては、賛否両論様々な意見が溢れた案件だったと思う。


それでもわたしは、案外すんなりと、

“あ、そうなんや”

と受け入れることができた。



多分それはきっと、

“僕一応ジャニーズなんですけど歌ったり踊ったりしないんですよねぇ”

と、いつもと変わらないあの人懐っこい笑顔を見せてくれる風間さんがいてくれるからなんだろうなと思っていて。



だからこそというか。

この度設立された新しい情報局にも、あえて風間さんの名前は登録しなかった。


6月下旬から、かざとまはせetcのための新しい何かができるんだろ?

公式で事務所がそういうなら、わたしは堂々とそれを待つ。そういう意気込みだ。




なにはともあれ風間さん。

言い方がとても難しいのだけど。



ジャニーズJr.卒業おめでとう。

あなたに乗っかる肩書きが、ひとつだけ減ったらしい。


ここまで、とってもとっても、長かったですね。










この2つのターニングポイントのあったこの一年。

なかなかに自分の中では風間さん確変の年だった。





今年もたくさんのお仕事お疲れさまです。

そしてありがとう。









今年も、風間さんらしくいてくれたら、それだけで嬉しいです。


風間さんが歩けば、もうそれが、

風間俊介の道になる。

そう思ってます。







33歳のお誕生日、

おめでとうございます!









担当という言葉がわたしにとってハードルが高いはなし。





わたしが長くじゃにおたやってる中で、何度も何度もぶつかっているのが、“担当”という言葉の壁だ。



わたしにとってこの“担当”という言葉は、とてつもなくハードルが高く、簡単に口にすることができない言葉だったりする。




実際、じゃにおたにとって担当という言葉はとても便利な言葉だと思う。


わたしは◯◯くんのファンです。

という一文を、

担 もしくは 担当  のたった1.2文字で表せるのだから。


わたしももちろん、一切この言葉を使わないわけではない。


“一応風間担を名乗ってますねぇ”

と、その場をやり過ごすのに、とても便利に使わせてもらっている。







だけどここ数ヶ月、初めてお会いする方などに、

“確か風間担でしたよね?”

“かるぴすさんって結局風間担なんですか?”


などの確認をされることが多かったので、ここで改めて、


なぜ“担当”という言葉が自分にとってハードルが高いのか


について考えてみた。



これはあくまでもわたしの、わたしによる、わたしに関しての見解であって、よくある“担当とはなんぞや”を語るものではないので、そこんとこあしからず。








まず。

ここ数日考えてみてたどり着いた結論なのだけど、

多分わたしの中に、


担当=その対象を応援している


という概念があるのだということにたどり着いた。




わたしが誰よりも長く、そしていちばんすきなのが風間俊介さんだ。


初めてその人を目的に舞台やコンサートに足を運んだのも風間さんだし、

すきな芸能人を問われたら、すきなタイプを芸能人で、と問われたら、

迷わず風間さんを挙げる。





いちばんはいつだって風間さんだったし、これからもそうだと思う。



風間さんのおかげで舞台観劇の趣味もできたし、わたしの人生に多大な影響を及ぼしてるのは間違いない。





でも。

これだけ長い間ファンを続けてきて、やっと今わかったことがある。



わたしは風間さんを“応援”してるわけではないのだと。




わたしはむしろ、

風間さんに“応援してもらっている”側だ。


あの人のおかげで人生がとても楽しいし、風間さんの姿やお芝居を観て、次の日少しだけがんばれる。


そんな存在だ。






そんな風間さんが尊すぎて、

担当という言葉を使うのがあまりに恐れ多く、申し訳ない気持ちになっているのだと。

そう思った。




もちろん、応援する、支える!みたいな意味合いで担当という言葉を使っている人ばかりではないと思うし、人によって意味合いは十人十色だということも承知の上だ。



だけど少なくともわたしには、

“担当”という言葉が適さなかったのだと思う。





いろいろ悩んではみたものの、それでもわたしは、この担当という言葉をたまに使いながら、これからもおたくをやっていくのだろうと思う。




この言葉の便利さに負けて。




“風間くんのファンです、応援してるというよりはむしろ人生応援してもらってると思ってるくらい尊いんです”

という意味合いを担当の2文字にこめて。