むろりゅうた27さい。
わたしは室龍太と同い年だ。
89年生まれ、今年27歳になる歳。
わたしには昔から、同い年の芸能人には興味を示さない…というか示さないよう心がけるという謎の習性がある。
これはなぜかというと、多分、人生のターニングポイントのようなものを迎えるタイミングが同じだからだと思う。
義務教育が終わる、高校卒業、ハタチを迎える、(多少ズレる場合あれど)社会人になる…
そういった場面を迎えるタイミングが交差するというだけでもなんとも言えない気持ちになるし、それでもそれぞれのステージで、キラキラ輝いているのを見るのが、悔しいやら羨ましいやら、ジェラシーというか、複雑な気持ちになるからだと思う。
以前からまるっと応援していた、だいすきな関西ジュニアの中にも、その同い年の男の子が何人か存在した。
さらには同じ関西人。
下手すればクラスの男友達と変わらないような人たち。
あえて“この人!”というスタンスでひとりを特にすきだったり応援しようと思ったりは決してしてこなかった。
そこまでの人にめぐり会わなかったというのも事実だと思う。
それを簡単に打ち破ってきたのが、
室龍太という人だった。
ジャニーズがすきな人間として、担当という概念には散々悩まされているが、じゃにおたには必須の、
“誰担ですか?”
の問いには、風間俊介さんの一択で過ごしてきている。…つもりだ。
それなのに、あの日。
ジャニーズWESTファーストコンサート、一発めぇぇぇぇぇぇぇ!の大阪城ホール。
だいすきな先輩の曲であろうスワンソングを、青白いライトを浴びながらひとりで歌い上げる室龍太がそこにはいた。
ステージで歌い踊る室龍太を見るのはもちろん初めてではなかった。
何年も前から、数年に一度のペースではあるが松竹座にはお邪魔していたし、関西ジュニアの一員として歌い踊る室龍太は何度だって見てきたはずだった。普通に応援していたし、“関西ジュニアのひとり室龍太、室家の次男室龍太”が普通に、すきだった。
それなのに、あの日。
いい歳して号泣、してしまった。
なぜか。
それだけの破壊力があったのだとは思う。
大阪城ホールという大きなステージでひとりスポットライトを浴びていることへの感動だったのかもしれない。
悲しい別れを何度も見てきた中で、残ってくれてありがとうという気持ちだったのかもしれない。
関西の精鋭たちのデビューの喜びや複雑さをまとめて背負わせて、勝手に感極まってしまったのかもしれない。
未だにあの涙の理由はわかっていない。
それでも室龍太はあの日わたしに、
“室龍太を応援しよう”
と思わせてくれた。
関西ジュニアを応援するという基盤の上に、室龍太個人を応援するが乗っかっているというのがわたしの今のスタンスだろうと思う。
わたしは所謂、ド新規だ。
散々語ったこの涙の話だって、2015年のお正月。
ほんの1年と少し前の話だ。
それでもこの1年と数ヶ月はとても楽しかった。
たくさんの出会いがあった。
風間さんを応援しているだけでは経験できないたくさんの現場に行けた。
この歳になって、こんなよい友達ができるのかと思うほど、一緒にすきを共有でき、それをなかなか本気で話せる、そして聞いてくれる友人ができた。
十分幸せだと思っていた人生に、さらに少しだけ彩りを添えてもらっているなあと思う。
こんな風に思えた人ってそういない。
特別にすきで応援しているアイドルは何人かいるが、ここまで上り詰めてきたのは室龍太が初めてだった。
風間さん以外にここまでわたしを熱くさせる人が現れるなんて思ってもみなかった。
しかも長らくジャニーズという大きなくくり自体がすきで、アイドルなんて数えられないくらい見てきているはずなのに。
ここにきてまさかの、室龍太。
なかなかすごい人だ、室龍太。
長々と語ってしまってお恥ずかしい限りだけど今日だけは多めに見てもらえると助かります。
27歳の室龍太に、
たくさんの幸せが訪れますよう。
これからも夢をみてください、
一緒にその夢をみたいです。
夢を叶えようとしてください、
一緒に夢を叶えられるようファンなりの努力をしたいです。
元気でいてください、
その姿を見たいです。
笑っていてください、
それを見られるのがいちばんです。
室龍太さん
27歳のお誕生日
おめでとうございます。