はじまってゆく その夢に

すこしずつ チカヅキタイ

アイドルという存在の使用方法。

 



自分で言うのもおかしな話かもしれないが、わたしは変わったタイプのおたくだと思う。


もちろんおたく、特にじゃにおたというものは十人十色、すきな理由も応援スタンスも、様々な形があって当然だとは思うけど。



風間さんが自らを、

“ジャニーズの中でも亜種な存在”

と表現するように、そんな風間さんを頂点に据えるわたしもまた、それなりに亜種なおたくなのでは、と。そう思っている。







その理由のひとつが、

わたしは、落ち込んだときに風間さんを直視できない

という点だ。





わたしは基本的に、風間さんに対してリア恋枠を求めているわけでも、母性をくすぐられているわけでもない。

人として、人間として尊敬している、というのが一番わかりやすい説明になるような感情を抱いている。



もちろん、

かっこいい!かわいい!

となることもたくさんある。

だけど何より抱くのは、






すごい…






なのである。





風間さんにはいつだって負けてる。

どんなにがんばったって勝てない。

何kmも先を走っていて、見えるか見えないか。そんな感じだ。






風間さんは働いている。

きちんと社会人としてあの事務所に属し、貢献している。


“演じる”ことをちゃんと仕事にして、たくさんの人にたくさんの影響を与えている。




さらには人の心を動かすことさえやってのけてしまっている。




わたしも金八先生で風間さんに出会った瞬間から、かれこれ17年、心を動かされ続けている人間のひとりだし、近年はいろんなところで、彼を評価する声、彼の演技や存在に影響を受けたという声を多く聞く。





少し前に、ジャニウェブでの連載にて浜中文一くんが、


皆さんと自分の心を動かしたい

見た人を感動させられる役者になりたい


といったニュアンスのことを言っていてとても感動したのだけど、

よく考えたらわたしはすでに17年前、若干16歳の風間俊介に心動かされ、奪われ続けていたのだ。





少し話は逸れてしまったけれど、



落ち込んだとき、中でも特に仕事面で落ち込んだときには、わたしは風間さんを直視することができない。





眩しすぎるのだ。



自分が、あまりにも小さく情けなく、

見えてしまうのだ。






こういうタイプのおたくって多いのだろうか。


人のスタンスを聞いたり踏み込んだりするのは苦手なので、きっとこの疑問は解決されることのないままだろうと思う。





とはいえ、

落ち込んだときに直視できないくせにずっとすきでいられるのが何よりすごいことだと思うから、やはり風間俊介は尊い。




そして更に、仕事で落ち込んだときに観て癒される、元気をもらえるジャニーズアイドルもしっかり知ってるわかってる自分は、改めて、

ただのじゃにおただな

と思うのである。



亜種でもなんでもない、

ただの

いわゆる

おたくなのだ。きっと。